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治療と延命 [日々思うこと]

父の容体が悪くなり、病院に入院したと連絡を受けたのは2015年の10月でした。 特養に入所して11か月、最初のころは良く食べていた父も、だんだんに元気がなくなり、あまり食べ物を受け付けなくなっていた頃でした。 病名は「誤嚥性肺炎」 食べたものが誤って器官に入り、肺が炎症を起こし呼吸困難になっていました。 私が病院に着いたときはもうレントゲンでの検査が終わり、診断がついていました。 酸素マスクをつけられ、苦しそうに息をする姿が痛々しかったです。 医師の説明では、肺炎は初めてではなく、すでに片側の肺はほとんど機能しておらず、再び口から食べ物を取れる可能性は低いとのことでした。 入院したのは「禁食」の人たちが入る4人部屋で、父の他に経鼻経管栄養の人と胃ろうの人が入院していました。 老人専用のようなその病院はとてもスタッフの数が多く、医師、看護師さんの他に、介護スタッフやリハビリのスタッフも頻繁に出入りしていました。 飲みこめなくなった父には言語療法士さんの「飲みこむためのリハビリ」が施されましたが、口を動かし「ごっくん」のレッスンはするのですが、実際に飲みこむとまた肺に入ってしまうので、口の中にゼリー状の介護食品を入れ、舐めさせる程度のものだったようです。 食べられないので、ずっと点滴の管を付け、少しずつやせ細っていきました。 だんだんと肉がなくなると血管も細くなり、点滴の針がなかなか入らなくなり、入っても皮膚の下で点滴液が漏れて腫れて、また刺し直すを繰り返し、1か月ほどたった時、とうとう点滴も入れられなくなり、管をはずしたその日の夜、私たちが帰って間もなく、母に看取られて逝きました。 入院してすぐに、延命に関してどうするかの確認があったのですが、胃ろうや人工呼吸器などは望まないというのが私たち家族の同意でした。 入院した当初は肺炎で苦しんでいたので、点滴で抗生物質を入れ、炎症を抑えました。 炎症がおさまってから、その後の1か月近くは「治療」だったのか「延命」だったのか…? ずっとわからずにいて、ただ、たくさんの人達にかいがいしくお世話をされる父を見ていて、父に「できるだけのことをしてあげられている」と心が穏やかになったのは確かです。 あちこちに針を刺される父はどう思っていたのでしょう? 認知症が進んでいた父ははっきりと何をされているのか理解はできていなかったと思います。 延命に関してどう考えているか、話し合う機会もなかったので、本人が望むことをしてあげられたのかどうかはわからないけれど、入院していた1か月は人生の総仕上げとしてやらなければいけない「仕事」のようなものだったのかなとも思います。


チョビは2004年の7月生まれで、生後55日で私の家にやってきました。 9歳の時に検診で「僧房弁閉鎖不全症」と診断され、以来朝晩、ずっと薬を飲んでいます。 11歳から血圧を下げる薬も飲み始め、3か月おきに病院でエコーなどを使った検診を受けてきました。 3月の下旬に来客に喜んで走りいきなりぱったり倒れ、翌日だんだん息が荒くなっているような気がして病院へ連れて行ったら、肺水腫を起こしていました。 注射で利尿剤を与え、飲み薬にも利尿剤や血管を拡張する薬が増えました。 その後の検査で心肥大が確認されて病気は次のステージに入ったと知りました。4月の中旬にも肺水腫を起こし、先々の不安に「延命は望まない」という私に「治療するのがこちらの仕事ですから」と獣医師は言い、「例えば今飲ませているベトメディンは4倍まで増やせるし、まだまだできることはありますよ」「肺水腫を起こさないように薬で調整していきます」と言われました。 そうか、「治療」なんだ。 なんだか妙に納得して、悲観的になりすぎていると気が付きました。 5月6日の夕方、また呼吸が荒くなってきました。 午後7時を過ぎていてもう病院は閉まっていたので、夜間専門の救急病院へ連れて行きました。 レントゲンを撮るとやはり肺水腫で、危険な状態だといわれ、もしもの時に心臓マッサージや人工呼吸器などの処置を望みますかと聞かれて、それは望まないと伝え、チョビが酸素室に入れられ薬の投与を受けている間、病院の駐車場に停めた車の中で待ち続けました。 明け方あまり状態の良くならなかったチョビを連れてそのままかかりつけの病院へ行き、早めに出勤してきた院長先生に酸素室へ入れてもらい、追加の治療を受け、幸い症状は改善したので、酸素室をレンタルした自宅へ連れ帰りました。 もし症状が悪くなったら与えられるように、追加の利尿剤とニトリグリセリンももらって。 帰宅時ぐったりしていたチョビは酸素室に入れて薬の効果も出たようで、病状は回復して9日の午後になっても心地よさそうに部屋で眠っています。

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チョビの病気は不治の病で、少しずつ進行し、薬がだんだん増えて、大方は肺水腫を起こし、苦しみもがき、呼吸不全でなくなることが多いと聞きます。 肺水腫の最後はそれは悲惨で、地上にいて溺れ死ぬようなものだといいます。 咳き込んで喀血してなくなるんだそうです。 運が良ければ突然死や心臓の病気はあまり進まずにほかの病気(老衰も含めて)で亡くなることもあるそうですが。 苦しむチョビを見るのは心をかきむしられるように辛い。 何も悪いことをしていないのに、何故こんなに苦しまなくちゃいけないのかと、理不尽極まりないじゃないかと思う。 でも、生きているってことは、死ぬ瞬間まで「生きる苦しみ」も享受しなきゃいけないんだなとも思う。 それが生き物の「仕事」なんだなと。 犬を飼うと決めた時から、その子がなくなる瞬間まで、しっかり面倒を見ることは飼い主の義務だと思う。 苦しむチョビを見ているのが辛くても、チョビが私にくれた幸せの代償だと思って、最後までしっかり診るのは私の仕事なのだ。


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今年の春は能登半島に旅行に行き、帰り際に笛吹川フルーツ公園でお花見。 この時はまだあと2~3年は大丈夫って思っていたのだけど、帰ってきてから急に食欲がなくなって、今もチューブの栄養剤や高カロリーの缶詰を上あごに塗り付けて食べさせている。 大好きだったおやつにも興味を示さなくなってしまって、生きてて楽しくないだろうな~と思うんだけど、まだ外に出すと楽しそうに「電柱チェック」はしているのです。 強制給餌は「延命」じゃないのか?なんて考えたりするけど、いえいえ、まだ「治療」はあきらめませんよ。 できればあと半年。 チョビと旅行に行くために頼んだ新しい車に一緒に乗れるまで。 それが無理ならせめて13歳の誕生日まで。 なんとか生きていて欲しいと切に願っています。


そういえば、秋に見つけたホームセンターのパートの仕事。 通年の仕事は久しぶりで、しばらく続けるつもりだったんだけど、チョビがご飯を食べなくなった3日目にあっさり辞めてしまいました。[たらーっ(汗)] だって、「チョビのママ」が私の本職なんだもん。アルバイトしてる場合じゃなくなっちゃったんだもん…。なーんてね。

人手不足 [日々思うこと]

3月に入っても凄く寒いなーと思う今日この頃だけど、あと10日もすればお彼岸だし、寒さももう最後の悪あがきって感じでしょうか?車に乗ると降り注ぐ日差しがすっかり力強くなっていて、確実に春が来てることを感じました。
スカスカになった我が家の冷蔵庫を満たすべくいつものスーパーを訪れると、おっとレジが変わっている!! 最近ではすっかりおなじみの(?)セミセルフレジです。
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並んでみると、ここの機械は商品の値段の読み上げも機械がやるんですなぁ、レジの人はあまりしゃべる必要がなくなりますね。
私が去年の秋から働いているホームセンターはほとんどのレジが自動釣銭機で、最初使ったときはあまりの便利さに仰天しましたが、すべてのレジが自動じゃないんで、たまーに普通のドロワーレジ(自分で預り金を入力してお金を数えて釣銭を渡す)に入ると「ええっと、なんだっけ?」って思ったりします。[あせあせ(飛び散る汗)] ホームセンターって言えば、袋詰めはお店の人がやってくれるって思っていたけど、新しい店は袋詰めはセルフサービスです。 お客さんもその辺にはほとんど抵抗がないらしく、色の違うカゴに商品を入れて、レジ袋をカゴにいれると、当然のようにサッカー台へと移動してくれたりします。 まぁ、売ってる品物の大きさがあまりに色々なんで、シール張ったり割れ物は紙で包んだり、長いものはラップでまとめたり、重たいものにはバンドかけたりなんてこともするので、食料品のレジ程スムーズには流れないんだけど。 でも、そんなホームセンターでも数年後にはセミセルフレジを入れる予定なんだそうです。 お正月のニュースにはコンビニ(ローソンだったなぁ)のセルフレジがニュースで取り上げられていたし、今はバブルのころより人手不足なんだそうで。。。
日本の人口は減少し始めているし、若い人が減って相対的に年寄りばっかりになってますよね。 私が「高齢者」になるころにはどうなっているんでしょう? まぁ、年金で悠々自適は考えられないから、もし人手不足だったとしたら、労働力を提供する側にいる可能性も高いわけですが。。。

物欲、経済力 [日々思うこと]

夏以降、特別養護老人ホームの見学をしていて思ったこと。 人間、結局最後は「身一つ」なんだな・・・と。

平成18年以降に出来た建物は昔の大部屋と違い基本的にすべて個室になっている。 最初、その広さと建物の立派さに驚いたけど、従来型の4人部屋の方がなんとなく暖かく、人の気配が近くてほっとできるような気もする。 プライバシーはなくなるけど、人に世話をしてもらわなくては生きていけなくなってもプライバシーって最優先されるべきものなんだろうか? 色々と考えさせられることが多い。

老人ホームでは業者の訪問販売なんかもあるそうだ。 衣類とかお菓子とか。 先日ケアマネさんに聞いたら介護用品なんかも来るそうだ、靴とか買うんだとか。 車椅子や杖なんかレンタルだから、体の状態が変われば違うものへの変更も必要になるんだろうな。 どこへ行っても物欲は掻き立てられるようにできてるんだな・・・とちょっと切なくなった。 入所者の経済状況も色々で、買い物を出来る人と出来ない人がいるだろうになぁと。

父がこちらに来てからリハパン(リハビリパンツの略なのね)と呼ばれる紙パンツ利用者になり、その商品の出来栄えのよさに驚く。 使い捨てされるパンツ。 いったいどこの国の木を切って作ってるんだろう。 買い物に行けば目がくらむような明るい照明のなか、溢れる物たち。 便利そうなものを見つけるとつい買い物カゴに入れたくなるけど、それってどうしても必要な物?って悩むことしばしばだ。 パソコンを開けば最近検索した物の広告が否応なしに飛び込んできてうっとおしいことおびただしい。

消費税のアップが決まり、総理の演説の中に「経済発展が最優先」的な発言を聞くと、ホントにそれって一番大事?って素朴な疑問がわいてしまう。 経済→お金至上主義に聞こえるから。 何をするにもまず「お金」そして欲しい「物」は尽きないよう、マインドコントロールされていませんか?

コンビニやスーパーでもらうレジ袋を見て、この袋が積もり積もって地球の氷を溶かし、シロクマを絶滅に追いやっている・・・。 そう思うけど、ウチの自治体ではゴミは白か半透明のポリ袋に入れて出さなければ回収してもらえず、昔のようにポリバケツ(もちろん木の桶でも)で出しても無理で、身近なところで言えばそんな風に「時代」っていう抗いがたい流れのなかで自分も生きているんだなと思う。

先日テレビでグリーンランドで暮らすイヌイットのドキュメンタリーを放送していて、その村の少年少女たちが「この村には未来がないから、もっと南の大きな街に行きたい」と言っているのを聞いて、「便利」や「豊かさ(物質的・経済的な!)」を求めるのは地球規模で起きている人々の欲求なんだなぁと感慨深かった。

日本でも、人口密集地と過疎地の格差が広がっていて、田舎に住む人は仕事(お金)と便利を求めて都会に出て、過疎化の進む地域では無医村は珍しくない。 そして田舎には「何もない」って言うけど、じゃ何がどれだけあれば満ち足りて暮らせるんでしょう。 

生き物の死亡率は100%で、今のところ億万長者でも不老不死は買えないことになっている。 自分の持っている時間だけが結局は最大の財産じゃないんだろうか。 自分の最後はどこで(施設?病院?自宅?それとも野外か?)迎えるにしろ、あの世にはなにも持っていけないのだ。 (いや・・・、三途の川の渡し賃は持っていないといけないのか??) 物や金に振り回されず、極力シンプルに、心理的にも穏やかに、出来ることなら季節がうつろうことを喜びながら日々を生きていけたらいいのになと思うのでありました。 内陸部である埼玉の、しかも人口密集地の夏はまさに「酷暑」で、もうすこし穏やかな気候のところに転居したいと思いつつ、毎年短くなっているという秋を感じている今日この頃です。

写真は先日見かけた季節の果物「栗」 あまり肥料とか必要なさそうに見えるし、「桃栗3年、柿8年」っていうから植えて3年で収穫できるのかな~などと考えながら、本当だろうかと興味津々。 十数年前に済んでいた所沢のはずれでは近所に栗畑が広がっていたけど、最近減りましたよねぇ、宅地化されて。 本来なら拾って楽しめる「秋の味覚」だったのに、買うと高いんだな、これが。 [ふらふら]

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老化 [日々思うこと]

チョビは満8歳。 ウチに来てからずっと私がトリミングをしてきた。 8歳になった頃から、皮膚にシミが見られるようになった。 少しずつ増えてきて、尻尾に出来たシミはバリカンを入れるとはっきりわかるようになってきた。

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白いトイプーは元々あまり毛量の多い子は少ないけど、チョビはそこそこの量のある子だった。 けど、今年に入ってから、後脚の先のほうは毛が伸びなくなってきた。

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普段から、どのくらいの周期でトリミングしているかの記録として、洗って乾かした後とカット後の写真をデジカメで撮るようにしている。 夏の頃までは脚先にブレス(丸く長めに残すカット)をつけられていたんだから、寒くなってから急に毛ぶきが悪くなってきたようだ。 そういえば、鼻先の毛もなんとなく薄くなってきた・・・。

チョビを連れて散歩をしていると、「トイプードルは色々なカットが楽しめていいですね」と言われることがたまにある。 私も下手ながら、真っ白でふかふかにトリミングしたチョビを連れて歩くのは楽しく、「きれいですね~」とお世辞でも言ってもらえれば鼻高々で、とてもうれしい。

昔、トイプードルを飼うことに決めて探していた頃、「トイプードルの館」というHPを見つけた。 香川に住む女性が作っていたサイトだったのだけど、蘭ちゃんというお母さんとその2匹の子供たちの成長の記録だった。 それはきれいな親子で、カットもウチのようなペットカットではなく、イングリッシュサドルやコンチネンタルなどのショーカットで、とてもシロウトさんが飼っている様なレベルではなかった。 まめにプロのトリマーさんにカットしてもらっていたのはもちろんだけど、普段のお手入れも熱心にされていたのだと思う。 久々にHPを訪れてみると更新されていたのでメールを送ってみた。 すると返事をいただけ、まもなくHPを閉じる予定だと知らされた。 ワンコたちの写真は、8歳になるまではトリミングのたびに撮っていたけれど、それ以降は老いの記録になってしまうようで辞めてしまったと書いてあった。

ウチのチョビにも顕著な「老い」の兆候が出始めたのだ。 8歳くらいではっきり見え始めることが多いのかもしれない。 トリミングは面倒くさく思うこともあるけど、手入れをしていて幸せに感じることもある。 自分の犬の手入れを自分で出来るってことはある意味恵まれているし、ワンコとのコミュニケーションでもあるし、体の状態をつぶさに見て異常がないか確かめる機会でもある。 これからますます老いて、かっこいいカットが出来なくなっても、薄毛でみっともなくなっても、最後まで私が手入れをし続けるのだ。 ヨボヨボになってトリミングテーブルに立っている体力が無くなっても、耳が聞こえなくなったり、目が白内障で見えなくなっても、最後まで、最低限の清潔を保つための手入れをし続けようと思う。 

私の髪にも最近白髪が増えてきた。 元々白髪の少ない家系のようで、いまだに白髪染めとは無縁だけど、今は定期的に目立つものを見つけてはハサミでカットしている。 数年後には白髪染めが必要になるんだろうな。

チョビと私は今、丁度同い年くらいだ。 ワンコは人の4倍の速さで歳をとると言うから、これからどんどん追い越されて、チョビのほうが「先輩ばあさん」になっていくんだろう。 お互い病気などせずに、元気に毎日送れるよう、願う。 1日でも長く一緒にいられるように、祈る。

今年も、チョビと一緒の思い出が、たくさん出来ますように。[るんるん]

 

 

 


笑いのツボ [日々思うこと]

年末年始はテレビがつまらない。 普段バラエティーなどのお笑い番組を見ない私には特に退屈な時期だ。 仕方がないので最近はあまり行っていない図書館に行って、目に付いた本を何冊か借りてきた。

今日、その中の一冊、倉本聰氏の「北の動物園」の中の「なめる」というエッセーを読んで、ひとり大爆笑してしまった。 こんなに笑ったのはずいぶん久しぶり。 どういう話かというと、仕事で唐十郎さんと出会えたので一緒に飲んでみたいと頼んだら、先方のスタッフから「気に入られると噛まれます」と注意される。その話を聞いて、昔飲んで機嫌が良くなると相手をなめる(舐める)人がいたことを思い出す。飲み会の席で、いきなり顔をベローッっと舐められていたく驚き、唐十郎さんとの飲み会ではなるべく距離のある席に座ったという話。 文章がまた、短いながらも絶妙におもしろい。

先日、「世にも奇妙な物語」に「来世不動産」という話があった。 死んだあと、生きていたときにためたポイントで次に何に生まれ変われるのか決められる不動産屋に行くことなり、主人公の男は不動産屋の勧めで「セミ」に生まれ変わる。 理由は土の中に長くいなくてはいけないけど、地上に出てからの数日間はとにかく「キモチイイ」の一言に尽きるんです!と言われたから。 男はセミになり、「きもちいいーーー!!!セミサイコーーーッ!!!」と叫んでいるところで話は終わる。 これもすごく面白かった。

ひとりで暮らしていると、こういう何気ないことを話せる相手が欲しいと思うことがある。 笑いのツボや「おもしろい」と思えることを共有できる相手がいたらどんなに楽しいかな~と。

ほとんどの人が家族との時間を楽しんでいるであろう年末年始。 チョビを相手に「犬は舐めるのが挨拶だよねぇ」なんて独り言(?)を言っている私はどうなのよ? な晦日でありました。 [ふらふら]

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